あの声には、剝いた桃のように滴るものがあった。(ターン/北村薫)



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時の三部作、その2。ある日を境に同じ日を繰り返してしまうという、時の牢獄に捕らえられた女性の物語。その1の「スキップ」のほうがおもしろいけれど、文章の美しさはこちらのほうが上だと思った。

 

だから、時間ていうのは、ぱらぱら漫画みたいなものなんじゃないからしら。ずらした絵を描いて、めくるやつよ。それで動いて見える。だから、一瞬一瞬が存在していて、それが無限に続いた連続体なのよ。一瞬がなかったら、全体もない。その絵の一枚に、わたしが止まったの。

 

ねぇ、《帰る》っていう字があるでしょう。この字、中国語だと《嫁ぐ》という意味にもなるんですって。というのは、結婚する相手のところが、自分の、本来いる筈のところだということね。誰かと会って、《あ》と思う。そして、この人は、自分が生まれる百万年も前に、どこかで一緒にいた人だと思えたらいいよね。帰って来たんだ、リターン出来たと思えたら、本当にいいよね。

 

あの声には、剝いた桃のように滴るものがあった。

 

遠慮の綱引きみたいですね。

 

ピアニストで作曲家のリスト。彼が、ヨーロッパで凄い人気でさ、リストのコンサートといえば、即、満員になる。ある時、彼が地方に行ったら、《リストの弟子》という女流ピアニストが、コンサートをやってるんだ。巨匠がホテルの部屋にいると、青い顔した女性が訪ねて来た。リストは、やさしくなだめて、ピアノの前に座らせた。少し弾かせて、アドバイスする。そして、言った。《さあ、これで、あなたはリストの弟子です》