かくして大人はゲーム離れをヨルハする



生きるとは、恥にまみれるということだ。

さすれば白状しよう。ぼくはこのゲームをプレイしたことはない。歳をとると一度でもゲームオーバーになると二度と立ち上がれなくなってしまう。学生のころは何度も全滅していたはずなのに、どうしてだろう。時間を惜しんでいるわけではない。なんなら高校生のほうが1分あたりの時間的価値は高いはずだ。そうではなくゲームごときに失敗してイライラするという自分の感情に耐えられなくなるのだ。その感情にフタをするようにゲームの箱を片付けてから久しいが、ニーアの評判はどこからともなく聞こえてきた。ストーリーがいい。音楽がいい。そして、2Bのデザインには一度、目にしただけで惹きつけられるものがあった。口元のホクロやフトモモなどのフェチい部分はさておき、目を覆い隠している黒い布。そこにはどんな物語が隠されているのか、そのことに想像がかきたてられた。

結局、Youtubeのストーリーまとめを見ることにしたのだが、それでも前後編の2時間は越えていた。もはや一本の映画を観るようなものである。率直に言って最高だった。ゲームをプレイすればもっと最高なのだろう。ある意味では、今やらないと、もうやれない気もする。ゲームには賞味期限がある。クロノクロスがいかに名作といえど、物語は古びなくともグラフィックは古くなる。ぼくはPS5が発売された時代にクロノクロスをプレイしたくなってPSPを用意したが、20年前のグラフィックを見ていられず、開始10分で頓挫。PSPごと遠い未来へタイムカプセルすることになった。ならば、リメイクがあるじゃないかという人もいるかもしれない。しかし、ドラクエ5はスーファミでなければいけない。PSのドラクエ5をプレイしたことはあるが、どうも世界観が軽いように感じた。制作スタッフの熱量はリメイクできないであろうし、映画でもなんでもリメイクの成功例などない。あるとすればシナリオや設定を変えたほぼ新作と言えるようなリメイクだけだ。

というわけで、ゲームをプレイしていないのにニーアを語る恥を偲びつつ、自分のためにニーアのプロットをメモしておく。キャッチコピーは「命もないのに、殺しあう。」遠い未来にエイリアンの侵攻により月へ逃げた人類、その人類を守るために作られたアンドロイドと、エイリアンが生み出した機械生命体の物語。以下、ネタバレ注意。

・まずは2Bと9Sのバディものであることを提示、バトルになり「ブラックボックス」を使って月に帰還することでアンドロイドとは何かを自己紹介。
・明確な敵を設定する「アンドロイド→機械生命体」。司令部からの指示という形でユーザーにも有無を言わさず従わせる。
・3例ほど見せて機械生命体はただの悪ではなさそうだと感づかせる。それも機械生命体が「人間らしい」という矛盾を提示する。
・ここで第三のアンドロイド。旧型のA2があらわれて「裏切ったのは司令部のほうだ」と不穏なセリフを残して消える。
・人間らしさの極みとしてのパラドックス=死に惹きつけられる機械生命体のボス、アダムとイヴが登場する。
・苦労してアダムとイヴを倒すが代償として9Sは汚染される。2Bは9Sを始末する。しかし、9Sは死んでおらず2Bは安堵する。
・ここで第一部が終わるが、アダムとイヴが獲得していた感情を目の当たりにした2Bには「アンドロイドと機械生命体の違いは何か?」という疑問が残る。
・エンディングと思いきやエピローグとして9Sルートがはじまる。視点を変えることで物語をさらに多角的に理解させる。そして、9Sは復活の過程で自分たちヨルハ部隊の謎に足を踏み入れてしまう。それゆえに9Sは記憶の同期を保留していた。
・第二部がはじまる。アダムとイヴを倒したふたりは残党狩りを進めていたが、アンドロイドがウイルスに感染。味方であったヨルハ部隊がふたりに襲いかかる。
・司令部にそのことを伝えようとブラックボックスで帰還するふたり。しかし、司令部もウィルスに汚染されていて地球にもどる。
・途中で2Bは9Sを逃すかわりにウイルスに感染。どんどん汚染されていくグラフィックが秀逸。辿り着いた先にはA2が。B2は自分の一部を託して殺してもらう。その瞬間を9Sは目撃する。
・生きがいをなくしたアンドロイドはどんな夢を見るか。9Sはイヴのように復讐を生きがいと設定するが、突然、白い巨塔があらわれてA2を見失う。
・9Sはデボルとポポルの援護で白い巨塔に侵入する。デポルとポポルは前作に関連するアンドロイドでアツい展開らしいがこれは捨て置く。9Sは白い巨塔にいた機械生命体の親玉を倒す。
・一方、遅れてA2も白い巨塔に潜入する。辿り着いた先で9Sと対峙する。9Sは自身が辿り着いたヨルハ計画の真相を語る。すでに人類は絶滅していて、ヨルハ計画はアンドロイドに生きがいを与えるためにヨルハ部隊の全滅を前提にしたもの。ブラックボックスは機械生命体と同じようなものでできていた。そして、A2も2Bの真相を語る。最新型の9Sが真実にたどり着くことを前提に、2Bは9Sを始末するために作られたのだと。
・9Sはそれらの真実を受け入れることができず、A2と一騎打ち。A2は9Sを倒すものの、9Sを救って自らは死ぬ。

あらすじならウィキペディアにも書いてあるが、それを読んでも感動はできない。感動するにはある程度の時間をかけて感情移入しなければならない。でもゲームというものはエンディングを見たときの無力感があまりに辛い。費やした時間に対してエンディングがそっけなく感じてしまい、どれだけきれいに伏線を回収したとしても「これで終わり?」と思ってしまう。そして、真っ暗になった画面を前にどうあがいても、どうにもならないのである。その意味ではYoutubeのストーリーまとめはちょうどよいのだけど。さすれば、RPGとはゴールを目的としているようで、その過程をいちばんの目的とすべきなのだろう。ドラクエ5はあんなに単調なレベル上げを楽しめていた。しかし、歳をとって結果ばかりを追い求めるようになってしまった。過程をうまく楽しめなくなっているのだ。「いいから早く、結論を。」その姿勢はきっとすべてに現れてしまっている。そのことが一番の問題なのだ。